創作発明の誕生は、孫悟空のように突然、石から飛び出してくるものではありません。それには、必ず長期にわたる伝承、学習とそのお互いの影響という過程を経なければなりません。知的財産権法制の確立は、昔から知的財産権保護だけを目的としたものではなく、創作発明者の私権保護と大衆による創作発明の利用という公共利益のバランスをとることにあります。いかにして創作発明にあまねくアクセスさせ、利用できるようにするか、なおかつ創作発明者の人格が尊重され、経済的に適切な報酬を得ることができるようにするかは、まさに知的財産権制度の最も重要な目的なのです。著作権法制と個人の生活、学業及び就業は密接不可分の関係にあり、これらのバランスの維持と目的の達成に注意を払わねばなりません。

知的財産権産業は、今や社会活動の主力であり、国際間及び各国国内の政治、経済領域において、全局面を左右するほど重要なものとなっており、知的財産権産業は、自らの権益の闘争に対して尽力し、立法と実践面において、巨大な効果と利益を得ております。これに対して、個々の公衆の創作発明の利用の妨げは、さほど切実ではないためか、自分には無関係だと錯覚しやすく、そのため、公共の利益を代表する声は、極めて弱弱しく、ひどい場合には沈黙ということもあります。

最近になって、国際間及び各国において、新たに著作権法制度の見直しの声が高まり、具体的な試みと成果がみられました。2012年6月「世界知的所有権機関(World Intellectual Property Organization, WIPO)」は北京にて「視聴覚実演北京条約(Beijing Treaty on Audiovisual Performances, BTAP)」を採択し、実演家の権益は国際条約レベルで、従来の弱者の立場を打ち破り、更に一歩進んだ保障を獲得するに至りました。続いて、2013年6月にWIPOは「盲人、視覚障害者及び読字障害者の出版物へのアクセス促進のためのマラケシュ条約(The Marrakesh Treaty to Facilitate Access to Published Works for Persons who are Blind, Visually Impaired, or otherwise Print Disabled)」を採択し、各国に視覚障害者の情報アクセスの利益に関心を向けさせ、適正な利用の範囲を拡大させるよう促しました。2012年10月には、欧州連合でも「孤児著作物指令(Directive 2012/28/EU of the European Parliament and of the Council of 25 October 2012 on certain permitted uses of orphan works)」が採択され、著作権保護期間であるものの、作者不明或いは著作権者の所在不明により、利用許諾の交渉、連絡が困難な権利者不明の著作について、一定の手続を経て、欧州図書館、文書管理機構、映画図書館、公立放送機関又はその他の公共利益団体が適法に利用できるようにし、公衆のアクセスに便宜をはかり、著作権侵害にはならないとする機会を設けました。

そのほか、米国カリフォルニア州バークレー大学Pamela Samuelson 教授は、「著作権原則計画-改革の方向(The Copyright Principles Project : Directions For Reform)」を2007年に提唱しました。多くの欧州の著名な知的財産権法学者によって組織された「Wittem Group」は、8年の検討を経て、2010年4 月に「欧州著作権法典(The European Copyright Code)」草案を提出し、欧州法の核心原則と価値観に基づき、より柔軟性を備えた権利及び制限を確立し、目覚ましい技術の発展に対処することを主張しました。スウェーデンのストックホルム大学(University of Stockholm)知的財産法及び市場法研究所、ドイツのマックス・プランク知的財産法及び競争法研究所、コペンハーゲン大学(the Institute for Civil Law at the University of Copenhagen)及びヘルシンキ大学(IPR University Center in Helsinki)が推進した「過渡期における知的財産権」(Intellectual Property in Transition, IPT)計画、2010 年には「WTO/TRIPS 協定修正骨子」(Proposals for Amendment of WTO/TRIPS)も提出されました。

以上各々の展開は、すべて私権と公益のバランスに注目しており、特に公衆の創作発明の便宜、適正及び適法な利用に対して、とりわけ知的財産権産業の保護に偏ることなく、むしろ知的財産権法制度の本質に回帰するという喜ばしい現象です。

最近、中国大陸と台湾も同時に著作権法制の改正作業を開始しました。台湾は2010年6月に着手し、中国大陸の2011年7月より早かったものの、その歩みは比較的慎重であるため遅く、今のところ、完璧且つ具体的な草案は現れていませんが、中央研究院の劉孔中教授は、国内の著作権分野における十余名の学者と協力し、2011年下半期から学会版著作権法改正作業を開始し、2014年1月に具体的な条文の草案を提出しました。中国大陸では、すでに2012年12月に国家版権局により著作権法改正草案が国務院法制弁公室に提出済みであり、国務院常務委員会の会議で討論され通過した後に、全国人民代表大会常務委員会の審議に付されるのが待たれています。

恐縮ですが、私は経済部知的財産局著作権法諮問グループのメンバーであり、同時に学会版著作権法改正草案の討論に参加させていただきました。加えて、大陸の著作権法改正作業についても長期にわたり入念に観察し続け、2012年1月中旬には、中国人民大学知的財産権学院が国家版権局の委託を受けて主宰した専門家意見案の研究会にも参加することができました。また、2013年7月には、台湾政治大学が主宰した中国大陸と台湾の著作権重要紛争研究会、11月には、中国人民大学が主宰した第1回アジア太平洋知的財産権フォーラムに主席し、中国大陸が将来、台湾の知的財産法院を参考にして、知的財産権事件を専門的に審理する専門裁判所を設立したいという件に関して、アドバイス的な発言をさせていただいたこともあり、自ずと中国大陸と台湾の著作法制の健全な発展に参与、期待するところであります。

著作権法が国際社会の新情勢及び科学技術の発展に対応するために全面的な改正の検討に着手する前に、台湾著作権法は、2013年6月WIPOで採択されたマラケシュ条約に対応して、まず、2014年1月に第53条等の局部的な改正を行い、視覚障害者の情報アクセスを保障する利益である適正な利用の規定を強化したため、これが今回の再版の加筆修正の重点となっております。

2011年に公職を離れ、2012年に国立交通大学科学技術法律研究所の博士学位を取得した後、著作権法の政策参与、教学、研究及び諮問業務に専念することになりました。2014年2月には、大葉大学の専任教職に就き、知的財産権の在職の修士学位課程の設置及び管理に携わることとなり、国内の著作権法制の健全な発展及び教育事業に更に尽力できるよう期待に胸を膨らませています。

章忠信
2014年2月、台湾彰化県の大葉大学にて